2010年03月21日

穏やかな小休止

20100321140120.jpg






病室から見える景色が、一気に春めいてきました。

朝は靄がかかって朝日を遮り、湿気の多い強い風が吹いていたのに…

今は青空が広がり、暖かな風が気持ちよく吹いています。

昨日までが嘘のように今日は、義父の容体も落ち着いています。

昨日は熱が余り下がらず、義父は少し体力が回復した分イライラして、私に不機嫌に当たるようになりました。

頻尿も苛立ちの原因で、少ししか出ないのに毎回他人の手を借りて排泄する事が堪えがたいのです。

昼過ぎ、痛み止の点滴が効いて眠っている間、義父がするはずだった写経を代わりにしました。

筆ペンで書くのは邪道のような気がしましたが、一文字一文字書く内に気持ちが落ち着きました。


少しでも他人の手を借りずにすむよう、パジャマのズボンを下ろしたままにしたり、口の中に濡らしたガーゼを含んだり、自分なりに努力をしている義父に対し、かいがいしく世話をする私は、ありがたい半面うっとおしいのでしょう。


ガーゼを含んだら喋る事ができません。

日記にしているノートを不機嫌に探して、あちこちに置場所を指示する声に怒りを感じます。

夜には熱が高くなり、解熱剤を入れて室温を上げ、水分を沢山摂ってもらいました。

暫くして薬が効いてきたらしく、大きないびきが聞こえ、ふと見るとガーゼが喉の奥まで落ち込んでいます。

びっくりさせて喉に詰まらせないよう、そっと看護師さんを呼びに行ってピンセットで取ろうとしたら、目を覚まして自分で吐き出すと言うハプニングもありました。

でも、その後熟睡して汗をたっぷりかいた義父は、8日ぶりに36℃まで熱が下がり、すっきりした様子。

汗を拭いて着替えをした後は、ゆっくり眠りました。

良く眠れた、おしっこが沢山出た、喉にはりついた啖が出た、熱が下がった、そんな些細な事を一緒に喜べるようになりました。


今は色んな事が少し落ち着き小休止というところでしょうか。
posted by 諾 at 15:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月20日

沈丁花の香り

20100320173748.jpg

病室に沈丁花を飾っています。

入り口の洗面台と付き添用のテーブルに、沈丁花を飾ったら、病室中に良い香りがするようになりました。

主人が庭にあるのを持ってきてくれたのです。

それまで排泄物や吐いたものなど何とも言えない臭いが充満していて、いくら換気をしても、消臭スプレーをしても、効果が続かなくて部屋ではお茶も飲めない程でした。

食欲が無くなり、ベッドの上の義父の言葉を聞こうと屈みこむ度に吐きそうになりました。

本人のせいではないのに、ひどいと思いながらも窓を開け、消臭スプレーを撒きました。

それが沈丁花を置いてしばらくすると、柑橘に似た爽やかな香りが周りに漂いはじめ、すぐに義父の臭いを消してくれたのです。

主人も見舞いの度に換気をしていたのですが
「沈丁花の匂いがするな」と
余り気にしなくなりました。

私が義父の臭いに耐えられないのは、その臭いの記憶もあるのです。

私が小学生の時、祖母が危篤だと駆けつけたら意識のない祖母がいびきをかいて眠っていました。
中学の時肝硬変の伯父が亡くなる前のお見舞いでも、9年前義母が亡くなる前日の病室でも、今の義父からと同じ臭いがしていました。

私の記憶の中にある『死』の臭いがオーバーラップして、堪らなく嫌なのです。

人間が作った人工的な香りでは、どうしても勝てなかった『死』の臭いに、生きた花の匂いが勝った事が嬉しくて、元気が出ました。
娘が沈丁花の英語名がダフネだと教えてくれました。

ギリシャ神話に出てきた乙女の名前かしら。

同じ名前の星もあったように思います。

小さな白い十字架のような花は、義父の死神を追い払ってくれているように感じます。
posted by 諾 at 20:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月19日

チューブをとるか体力をとるか…

15日から閉塞した腸の内容物を出すために、鼻からチューブを入れています。
酸素のチューブも付けていて、胸には中心静脈の点滴のチューブが固定されています。

朝夕は抗生物質の点滴も加わって、まるでクモかタコみたい。

せっかく尿のカテーテルが外れて、自分でトイレに行くようになっていたのに、動けなくなって尿器を使う事になりました。

点滴のせいか頻繁に尿意があって、1時間置きに横向きになって自分でパジャマを下ろし、おむつを開けて自分でとらなければなりません。

30分間隔の時もあり、排泄だけで疲れてしまいます。

人にされるのは抵抗あるらしく、後始末とおむつの着け直しとパジャマを上げるのが家族の仕事です。

ですが、夜中もほぼ30分間隔で起きなければならず、私もほとんど眠れません。

義父が看護師さんに
「おしっこが近くて疲れる」と愚痴を言ったら、
「管を入れるのは嫌?」と言われました。

嫌だと答えたのはもちろんですが、自分でできるのに…と思わずにはいられませんでした。

人に世話をして貰わないと生活できない事に苛立ち

「こんな状態で生きててもしょうがない」と、何度も言う義父に

「そんな事ないよ。生きてるだけで儲けもんやと思わないと」

とありがちな事しか言えず家族の立場を離れてようやく

「そうね。辛いね。おじいちゃん今まで元気で何でも自分でしてきたもんね」

と答える事ができました。


他人なら、すぐに共感できたのに、当事者になると共感したり受け入れたりする事がなんと難しいのだろう。


身体よりも精神的な負担が大きく、家に帰ると留守番の娘にしわ寄せがいきます。

まるでドミノ倒しみたい。

まだ1週間になるかならずで、この情けない状態です。

ホント情けないなぁ。
posted by 諾 at 17:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。