2011年03月17日

災害ボランティアで筆談を


今回の東北地方太平洋沖地震の被災地と被災された皆様

私たち関西に住む者は、なすすべもなく連日ニュースを見るたび

ひたすら一人でも多くの方の無事と、地震が収まり

原発事故が鎮静化されることを祈るばかりです。


でも、私ができることを少しでもしたいと思います。


私は要約筆記の奉仕員というボランティアをしていました。

これは、途中から耳が聞こえなくなった方や

加齢のために耳が遠くなった方など

手話ができない難聴の方のために

筆談で通訳するボランティア活動です。


被災地に行っても、私たち素人ができることは少ないでしょう。

むしろ、早々と行けば邪魔になるばかりかもしれません。

でも、心に大きな傷を負った人々を慰め、元気付けることは

誰にでもできることです。


その中で特にお年寄りは、

自分が他の人の負担になっていると感じたり、

なぜ若い人ではなく自分のような年寄りが助かったのか・・・

そんな気持ちから、若い人以上にストレスを感じる人や

身内を失ったショックから

認知症のような症状を起こす方も多いと聞いています。


そんなとき、何よりも大切なのは、ただ一緒にいて話を聞くこと、

正確な情報をきちんと伝えてあげることではないでしょうか?


ボランティアで被災地に行こうという皆さん

できれば、ノートとサインペンを持って行って下さい。

こちらが大きな声を出さなくても、ひとこと紙に書いて見せる。

いえないことも書いてもらうことはできるかもしれません。

口が聞けない人にも欲しいものをたずねることができます。

頷いてもらう、首を振って否定するなど。


筆談にはコツがあります。


話し言葉をそのまま書いても、逆に普通に文章を書いても

理解しにくい場合があります。


たとえば「何かして欲しいことはありますか?」と聞く時は

紙に大きく「何が欲しい?」とか

「寒い?」とか

「お腹がすいてる?」というように

直接的に書いて聞きます。


病状を聞くときなどは、なおさらです。

お医者さんが「どこか具合は悪いところはないですか?」と聞けば

そのまま書くのではなく

「痛いところは?」
「吐き気は?」
「寒気は?」

などと分解して書いて聞きましょう。

見て理解するのは、

普通に言葉を聞いて理解するよりも、ずっと難しいのです。


普通に話しているのに、どうも話がかみ合わないというときは

ストレスによって突発性難聴になっている事も考えられます。

音は聞こえても周囲の音から言葉だけを聞き取る力が

大きく損なわれて、意味が理解できないまま返事をしている

そういうことも考えられるからです。


特に体育館などの避難所では声が響いて少しでも難聴があると

とても聞き分けにくい状態です。

筆談で正確な情報を伝えてあげるだけで、ストレスは軽くなります。


耳が聞こえないことの不安と疎外感は、

経験した人でないとわかりにくいものです。


実は私はこれまでの人生で2回難聴になりました。


1度目は18歳の時に、発熱による両耳の中耳炎の後遺症で。

元に戻るまで5年くらいかかりました。


2度目はストレスと過労から2年前に突発性難聴になりました。

どちらも幸い全快しましたが、

雑踏の中での電話は、今も苦手です。


これから、被災地に行かれる方がいましたら、どうか紙とペンを

もって行って下さい。


もし、要約筆記について詳しいことを知りたい方は

全国要約筆記問題研究会
http://www.normanet.ne.jp/~zenyoken/

また、都道府県で5日間から7日間程度のカリキュラムで

「要約筆記奉仕員養成講座」を、開催しています。

一度お住まいの行政の窓口に問い合わせてみて下さい。



posted by 諾 at 15:40| Comment(0) | TrackBack(0) | お役立ち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月12日

ザッキー無事でした


福島県にいるザッキーが無事でした。

昨日から福島の惨状を見て、ずっと心配だった

ザッキーの安否が確認できました。

良かった。


喜べる状況ではありませんが、無事がわかって

涙が出ました。

みんな同じ思いだったらしく、マサコサマに電話したら

色んな人が連絡を試みていて、やっとメールが届いたそうです。

車は流されたけど、家も家族も無事とのこと。

「落ち着いたら、私たちにもできることがあるよね」

そういって無事を喜びましたが、今度は原発が心配です。


ただ今は、昔の仲間の安否を心配している人のために

ザッキーは無事だよ!

その一言を伝えたい。







posted by 諾 at 20:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月11日

頑張って、生きてください


今日の3時過ぎ、事務所で打ち合わせをしていたら

小さな揺れを感じました。

揺れは止まらず、どんどん横揺れが大きくなりました。

「地震だ!」急いでドアを開けて、火の元を確認しました。


事務所にテレビがないため、インターネットで地震情報を見ると

宮城で震度7の大地震、津波の警報も出ています。

津波警報はどんどん広がり、体に感じる余震も続いています。

それでも、大阪は震度3程度、宮城は茨城は大丈夫なのか?


仕事上の知人が仙台にも茨城にもいます。

気になっても携帯は通じません。


気になりながら自宅に帰ってニュースを見ると、ひどい映像が

死者の数が刻々と増えてきています。


胸がしめつけられました。

阪神淡路大地震の時と同じです。

あの日、私は明け方大きな揺れを感じましたが、すぐに終わって

そのまま仕事に行きました。

地震の情報が気になったので、テレビをつけたまま仕事をしていると

神戸で大きな地震があって死者も出ているとのこと

それがどんどん時間がたち、情報が入るたびに死者の数が増えて

500人を超えたときには、もう仕事はできませんでした。

「私はいったいなぜこんなところにいるんだろう?こんなに多くの人が

亡くなって、今も瓦礫の下で助けを待っているのに」

手が震えて、しかも兵庫にいる友人たちの顔が浮かび、

いてもたってもいられなくなって、自宅へ帰るなり電話をかけましたが

すでに電話はどこも通じません。


今も仙台市の若林地区で200人から300人の人が溺死したと聞き

気仙沼市が火の海です。

私は何をしているんでしょう?

何もできずにテレビを見ているだけなのが、やりきれません。

今はひたすら祈るばかりです。

お願い、これ以上被害が大きくならないで!

今は何もできません。

被害にあっている地域に向かって、日本中の人が祈っています。

どこかで助けを待っている人に、私たちの祈りが届きますように。
posted by 諾 at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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