2011年11月25日

久しぶりに琵琶湖見ました


ここのところ、セミナーや会合や見学などあちこち飛び回っていて
まさしく『貧乏ヒマなし』状態でした。

今日もソウル市の老人施設協会の視察旅行で日本の施設を見学したい
と言われたので、大津市の真盛園を案内してきました。

その様子はフェイスブックで詳しく話しているので、ここでは別の
観光としての一日を。


実は前の会社にいるときに取材で真盛園や、関連の施設を訪れて
いたので坂本には何度も来ていました。

でも紅葉のシーズンは初めてです。
少し遅いかなと思っていたのですが、今年は暖かい日が多かったため
ようやく紅葉が始まり、色づきもイマひとつといったところです。

それでも秋晴れの坂本は白壁が美しく、青い空と伝統の町並みが
すっきりとしたコントラストを見せて坂の多い、町歩きを軽快な
気持ちで歩かせてくれました。

見学のご一行が来るのは14時。
私は12時過ぎにJR「比叡山坂本」駅に着いて、この静かな佇まいの
町を楽しもうと歩き出しました。

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日吉大社の鳥居


しかしっ、今日は寒い!ふらふら
お天気は良いのですが、風が冷たいっ!
手が冷たくなってきて、手袋がほしいと思うくらいです。

日向をえらんで歩くと少しは暖かいので、日吉大社の鳥居をくぐり
参道を登り始めると、すぐに京阪の坂本駅があり、向かいの観光
協会で地図をgetして迷子予防。
携帯のナビを使うと電池がすぐなくなるので、今日はアナログで。

日吉大社にお詣りする時間はないと判断し、生源寺の角を折れて
西教寺へ直接向かうことに。
生源寺ではお葬式があるらしく、僧侶が数人と喪服の男性が門前で
出迎えをされていましたが、観光地のお寺でのお葬式は少し不思議な
光景でした。

この通りは里坊と呼ばれる小さなお寺がびっしりと並んでいます。
民家も古い造りのものが多く、洒落た和風のカフェなどもあり、
散策にはもってこいの場所です揺れるハート

穴太衆積み(あのおしゅうづみ)と呼ばれる独特の石塀が続く路地は
風もさえぎられ、しかも坂道を上っていくので、だんだん身体も
温まってきまするんるん

八朔が実っていたり、金柑の木がかわいい黄金色の実を鈴なりにして
いたりして目を楽しませてくれます。

30分くらい歩いたところで、見慣れた西教寺の山門が見えてきました。
あちこちでゆっくりしたけどあと1時間くらいはあります。

IMG_0589.jpg


西教寺にお参りすることにしました。
本堂までの道は楓の木が何本もあり、その中には見事に色づいている
ものも。

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美しい紅葉と青空


階段を上がって本堂まで行くと、もうすっかりポカポカ。
振り返ると、琵琶湖が一望に見渡せます。
母なる湖と呼ばれるこの琵琶湖は、私にもとても懐かしい景色です。

IMG_0591.jpg


この西教寺も比叡山が織田信長に焼き討ちにされたときに焼かれて
その後明智光秀によって再興されたそうです。

天台宗の総本山だけあって総けやき造りの本堂はどっしりとして
威厳があります。
障子が閉ざされ、中からは読経の声が聞こえていました。

IMG_0592.jpg


私はここに明知一族の墓があると聞いていたので、今日はぜひとも
見ておこうと思っていました。
3日天下と言われる明智光秀は、実はとても素晴らしい統治をした
優れた当主だったということです。
悲劇のヒーローのお墓にお参りしたいという少々乙女チックなぴかぴか(新しい)
目的があったのです。
お墓は本堂の左手、思っていたよりも大きく立派でした。

IMG_0593.jpg


手を合わせ、しばし戦国の世に想いを馳せてみましたが、秋晴れの
静かな境内では想像が及ばず、時間も無くなってきたので、
あっけなく現実に引き戻されてしまいました。

後はお仕事。今日の本当の目的のために石段を降りましたダッシュ(走り出すさま)

こちらも、首尾よく終わり充実した一日でした。
帰りに駅前の店で買った揚げたてのコロッケとポテト。
身体が中から温まっておいしかった〜わーい(嬉しい顔)




posted by 諾 at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月07日

看取りについて鳥海さんの講演

 
今日は、仲良くして頂いている吹田市の特別養護老人ホーム
あす〜る吹田の創立5周年記念行事で
鳥海房江さんの記念講演会に行ってきました。

あす〜る吹田は、まだ創立からまだ5年という新しい施設ですが
堀田施設長はじめ、若いリーダーたちが先頭に立って
介護の質を向上させようと頑張っている施設です。
堀田施設長.jpg

福辺節子さんの定期的な介護技術の研修も受けていて
介護に対する意識の変化や技術的な向上だけでなく
目指す介護の姿が明確になったそうです。

今では施設を退所されるご利用者の80%は
そこで看取りをされたとのことで、これは全国的にも
高い水準ですばらしい業績だと思います。

鳥海さんもこのことをとても評価されていました。

記念講演の内容をご紹介すると

「生活の場だからこそできる穏やかな最後の迎え方」

病院で死にたくない。ぴんぴんコロリと逝きたいという人が多いが
脳血管が破裂するとか、大きな動脈瘤の破裂でもない限り
人は老いて他人の世話になって逝くのが自然な姿なのです。

今は家で生まれ、家で看取ることが少なくなって、死が見えない。
医療に対する幻想を持つ人も多く、万全の医療を尽くしさえすれば
どんな病気も治ると思われがちです。
でも、老人が亡くなるのは病気ではなく、医師が病気の部分を取り除いても
治癒する力、抵抗力や免疫力がなくなって死ぬのです。
だから、口から食べられなくなって、排せつも、入浴も自分でできなくなる
それが、老化によるものなら医療によって止めることはできません。

病院で医療を点滴やチューブでの栄養を受けても、水膨れになるか
逆流して窒息するか…医療は万能ではないということです。

そして日本では文化として、湯船に入る入浴、呑み込みが悪くなっても
食事を最後まで食べさせてあげる高い介護の文化を持っています。
そのため、誤嚥による窒息などのリスクも高くなるので、ご家族は
ケアについての方針とリスクを共有していただきたい。

最後までしっかりと看取りをすることは、その人が生き切るための
お手伝いなのです。
ご家族も、最後の時をどのように迎えるか、病院に入れて管だらけの死か
生活の場で自分らしく逝くかを、一緒に考えてみていただきたい。

そして、ご家族のご遺体を最後に一緒に見て、介護の質を見てください。
ご遺体は介護の通知表です。痩せていても、きれいな体で
あることは介護の質の高さを表しているからです。
それを確かめられるのはご家族しかありませんから。

鳥海房江先生.jpg


あじさい荘で実際に看取られたご利用者の穏やかな、そしてユニークな
看取りの実例も交えて、温かな人柄そのままに
楽しくお話しされました。

獲物が取れなくなったら、野生の動物はそのままそれが最後です。
世界で唯一人間だけが、食べられなくなった人を介護して
生きながらえさせることができるのだと言われました。

幸せな死などあるはずはないと思いますが、もし自分の体力の限り
長生きして、最後は家族や友人が代わる代わる見てくれて、
苦しまずに逝けるなら、やはり幸せなのかもしれないと思いました。

長生きすると、楽に逝ける。長生きのご褒美だ。
すごい言葉だと思いました。生と死のはざまで仕事をする人だからこそ
言える言葉だと感動しました。



posted by 諾 at 00:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月01日

心と絆といのち

村松静子さんから本をいただきました。

これは『看護実践の科学』という35年以上も歴史のある
看護の総合雑誌の1998年1月号から
1999年6月号までの18回にわたって
掲載されたものを1冊の本にまとめられたものです。

10年以上も前の原稿をそのままにまとめられたとの
ことでしたが、村松さんの姿勢はそのころから
微動だにしていないことが、よくわかりました。

実は送ってくださるとお聞きしていたので
首を長くして待っていました。

届いた本は120ページの四六版の赤い表紙が印象的な本
厚さもそれほどなくて、一晩、いえ2時間で読み終える
と、思いました。

でも、読み終えるのに3日もかかり
本は届いた日からずっと自宅ではテーブルに
出かけるときはバッグにありました。

いつもはあきれられるほど読むのが早いのです。

内容が専門的で難しかったとか
看護に関係ない私には興味がわかなかったとか
そんなことでは、決してありません。

むしろ、とてもわかりやすく易しい言葉で書かれていました。
短編集のように毎回少しずつ違う状況でのことや
違う事柄について書かれているのですが
ずっと、同じなのです。

村松さんが患者さんやご家族をみつめる視線も
向き合う姿勢もずっと、まったく変わらないのです。

それは、まるで小さな身体で太洋を渡ってくる
渡り鳥のように、目指すところを決して見失わず
確かな羽ばたきで飛び続けているようです。

村松さんはあんなにも人に優しいのに
自分にはこれほどまでに厳しい
実践すること
これ以外に求めるものに到達する道はないと
明言され、まさしく実践されています。


看護師が開業するということが、実は他の訪問看護と
どう違うのか?わかっていませんでした。

でも、この本を読んで村松さんが何を目指しているのかが
とても良くわかりました。
そして『看護』と言うのは本当はどういうものなのかも。

私が20歳のときにこれを読んでいたら、
迷うことなく看護の道に進んだだろうと思います。
世のため人のためには、この齢になってて幸いでした。


私が読むのに時間がかかった理由はもうひとつ。
私は村松さんとお会いしています。
あの声、心の中のもつれた気持ちを穏やかに
解きほぐしてくれるような語り口、
この本を読むと、村松さんからお話を聞いているようで
次々と終わらせてしまうのが惜しかったのです。

この本は看護のプロ、
本当の看護とはなにかを求める人のための本ですが
ひとりの素晴らしい女性の生き方が
立ち上ってくる本でもあります。

より良く生きたいと願っている人なら
きっと得るものがあると思います。

でもナースでない私が村松さんの弟子にしていただくには
もう少し修行が必要だと気付きました。
だから、私が成長したら「村松先生」と
呼ばせていただけるよう、改めて弟子入りを
お願いしようと思います。

がんばろう、私。


posted by 諾 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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