2011年01月10日

100歳の美しい脳に感謝


『100歳の美しい脳』

今年最初に読み始めている本のタイトルです。

図書館の書架に並んだ本の中で、背表紙の『美しい脳』という言葉が

目に飛び込んできて、思わず手に取りました。

いったい、美しい脳って何なんだろう?

100歳の脳が美しいってどういうことだろう?


それは、アメリカの高齢の修道女を対象にしたアルツハイマーの研究で

『ナン・スタディ』と呼ばれた研究の成果を報告した本でした。

けれど、これは科学の本というよりは、研究者である筆者の

デヴィッド・スノウドン氏と修道女との日々を綴った随筆のようでもあり

私は何度も心が熱くなるのを感じました。


私は特定の宗派ではありませんが、自分を仏教徒であると思っていますし

信仰に対する気持ちも少しは理解できると思っていましたが、

彼女たちの幸せな自己犠牲の精神の強さは理解を超えています。

人々の幸せのために、自分の欲望を捨てて、ひたすら神の教えに従い

自分を磨き、助けを求める人に奉仕する人生。


彼女たちが研究に協力することを承諾したときの言葉

死後の献脳を決める時の言葉が強く心を揺さぶります。


「私たちの修道会は、貧しい人、弱い人とともに活動するために

作られました。アルツハイマー病を患っている人ほど、弱い人が

いるでしょうか。」

「私たちは修道女になったとき、子どもをもたないというつらい

選択をしました。でも脳を提供することで、アルツハイマー病の

謎を解くお手伝いができれば、未来の世代に別の形で生命の

贈り物を残すことができるでしょう。」


それは人生のゴールにたどり着こうとしている人からの

次の世代への愛に満ちた言葉です。

聖職者だからではなく、彼女たちが高齢で引退した修道女であり

それでも何か世の中のためになることをしたいと望み

未来に何かを残したいと思っていることが

私の胸をいっぱいにしました。


歳をとっても役に立ちたいという気持ちに変わりはありません。

いいえ、むしろ歳をとって、もうすぐ寿命が尽きると思うからこそ

未来に残したいと思うものなのです。


筆者は科学者として『脳』と人生を研究しながらも

彼女たちの生きた軌跡をたどり、その心に触れ、理解し、愛を感じます。

研究材料である彼女たちの『脳』のことを、彼は『聖なる遺物』と

感じるようになります。


この本の奥深さは、その心の響きあうようすが丁寧に描かれていること。

単なる研究書としても興味ある内容ですが、

「歳をとってみじめになる前に死にたい」と思っている若い人も、

老後が気になり始めた私のような年代も

そして、自分の年齢を受け入れられないほど高齢の人も

ぜひ、読んでほしい。


歳をとることは決して恐ろしいことではないとわかるでしょう。

そして、どう歳をとるのかを決めるのは自分だということも。


新しい年の初めにこんな美しい本に出会えた幸せを

誰かに伝えずにはいられない…そんな気持ちです。










posted by 諾 at 19:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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