2011年02月06日

ときめきの出逢い


この1週間かなり無理をしたせいか、体調を崩してしまい

近くの医院へ行きました。

そこのトイレで、杖をついたお年寄りを少し手助けしました。

本当にほんの少し手を貸して、回転式のドアを閉めただけです。


その後待合室で隣に座ったおばあちゃんは、私に話しかけてきました。

「さっきはありがとう。足が悪いよって歩くのがエライんやわ。

もう82にもなったらあかんなぁ」

杖を支えに、背を丸めて座っていますが、優しい話ぶりで、

声も小さくてもちゃんと聞こえています。


「40の時から独りでやってきたから、一人暮らしも40年以上になるわ。

ほんまに、お父さんが亡くなった時にはどないしよ思たわ・・」

「そうなんですか・・」

私はとっさに慰めの言葉も言えず、ただ長い一人暮らしを

思いやることしかできません。

「足も骨折してから、歩くのが不自由でな…もうあかんわ。」

「そんな事ありませんよ。しっかりしてはりますわ」

話を聞くだけで、まともな返事ができません。

情けないと思いながら、社交辞令で何か言うことなど

できないような、しんみりとしたものがあったのです。

でも、決して暗い話し方ではなく、むしろニコニコして

話してくれているからこそ、胸にぐっと迫るものがありました。


私も笑顔を返すくらいしか出来ませんでしたが、

話をしているのは楽しい(嬉しい)と感じていました。


診察の前と後と合わせても10分程度の、短い時間でしたが

貴重な時間でした。


あの人は、寂しいから私に話しかけたのではないと思います。

きっと、私がとても心地良かったように、あのおばあちゃんも

私と話したいと思う何かがあったのだと思います。


それは、ひと時の『一目惚れの恋』のようなもの。

旅先や仕事で出かけた先で、偶然出会う人にも

好ましい出会いや、不愉快な出会いがありませんか?

隣の席に座った、駅のホームで並んで待っただけなのに

言葉も交わさないのに、視線が交差するだけでも

好き嫌いがはっきりするときがあります。

それは、まるで化学反応のようです。

近づけただけでガスが発生したり、色が変わったりする。


人間は、恋におちるだけではなく、常に相手との関係を探って

判断を繰り返しているように思います。

きっと言語の発達していない原始の時代には、他の動物や

他の人間が敵か味方か一瞬で見分けなくてはならなかったのでしょう。


おばあちゃんとの出会いで、久しぶりで胸がときめきました。

また、会うことができたらいいな、また話がしたい。


赤ちゃん、小さな子供、人生経験豊かで滋味あふれるお年寄り

との会話は、恋する気持ちのように胸がきゅんとします。


人はいつでも、誰にでも恋をすることが出来るということでしょうか。

家に帰ってから、誰かに話したくてたまらず、娘に話すと

「私も会いたかったな。家に来てもらったらよかったのに・・」


あ、私の恋が伝染した。






posted by 諾 at 07:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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