2011年10月09日

本音で語る広場in福島(第一部)

久しぶりの更新です。

10月9日に福島市の『コラッセ福島』で
第1回市民講座「本音で語る広場in福島」
開催されました。

サブタイトルは
「震災は私たちに何を教えたのか?医療・介護現場から」です。


震災の時、介護現場では何が起きていたのか?
どんな思いでこの7か月を過ごしたのか…

関西にいて、テレビやインターネットでしか知らない私は
あの時に起きていたことを知りたくて
福島の人たちは今どうしているのかを知りたくて
京都から出かけました。

予定しておられた人と当日の参加の人を合わせて30人くらい
初めての開催とのことで、少しスタッフの皆さん緊張気味です。

市民講座受付風景.jpg
準備万端で参加者を待つスタッフ(赤ちゃんも)

会場準備.jpg
会場は広々していて明るく寛げる雰囲気


私は大阪の市民講座を経験していたので、押しかけのボランティアで
グループワークの司会をすることになっていましたが
まずは第1部の介護体験をご家族からお聞きするのを
楽しみにしていました。

介護から看取りまでをされた3人のご家族が体験を語られました。

「緊張して何を話してよいか」と戸惑っておられたご家族も
聞き手の保(たもつ)さんの言葉に促されて話し始めると、
次々と想いがこみあげてくるのでしょうか
最後に「娘に喋るなって言われたのに、聞いていただけると思うと
止まらなくなってしまって…」と反省されるほど、
ご自分やご家族の想いも交えながら詳しく話してくださいました。

ご家族体験談.jpg
明るい表情のご家族の皆さん


いまだ避難中の南相馬市のご家族。
地震でも大変な思いをされ、その後原発の事故で避難をよぎなくされ、
今もご自宅に帰ることはできません。
避難を続ける中で104歳のおばあちゃんは、誤嚥性の肺炎で
亡くなられました。
それなのに
「地震で避難中で良かったかもしれません。そうでなかったら
農家なので農繁期は忙しくて、ゆっくり看取ってあげられなかった
と思う。皆避難していたから自宅で看取れなかったけど、診療所で
家族や親類に囲まれて、幸せな最後だったと思う」

と、支えてくれた在宅看護や診療所の方への感謝を述べられ
その明るくポジティブな姿に心が温まりました。

震災前にご主人を看取られた奥様は
末期ガンで治療の術がないご主人を、不安を抱えながらも
「在宅で看取る」と決心され最後まで支え続けられました。
「在宅介護・医療がなかったらできなかった」と感謝されながらも、
「最後の主人の言葉を聞き取れなかったことが心残り」
といわれる深い愛情に心打たれました。

同じくご主人を看取られた方も
「自宅に帰りたい」と言われるご主人の希望を受けて
ターミナルケアであることを覚悟された上で自宅での看取りをされました。
「たった10日間とは思えないほどでした…
でも、最後の10日間を自宅で介護できてよかった」と
やはり一緒に支えてくれた人々への感謝の気持ちと
「私も死ぬときは自宅で」との言葉に
強い信頼関係を感じ取ることができました。

それにしても…
内容はすべて看取りの話なのに皆さんの声や表情の明るいこと。
精一杯できることを家族のためにした人の
「皆でしっかりと見送ったよね」という
乗り越えた後のすがすがしさのような気がしました。

でも、地震の時は本当に怖い思いをされたのに、
その後の余震で長い恐怖と、いまだ進まない原発への
対応に怒りも不安もあるはずなのに
なぜ
「なんで、私たちだけが?」と
天を呪う気持ちにならないのでしょうか?
疑問が残りました。






posted by 諾 at 22:59| Comment(0) | 旅日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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