2011年10月23日

福島にこらんしょ


先日福島に行った時に、「こらんしょ」に
泊めていただいたという話をしましたが、
今回は「こらんしょ」の宣伝を勝手にやってしまいます。

まず、正式な名称は…

セカンドハウス「よりどころ」inふくしま
『ここさ こらんしょ』

こらんしょ外観.jpg

「ここさ、こらんしょ」は「ここへ、いらっしゃい」の福島弁です。

在宅看護研究センターLLPの村松代表が、3.11の地震の後
息の長い支援を行うために設立されました。

福島市内の静かな住宅街にある、ごく普通の住宅です。
玄関に手作りのかわいい看板がなければ、誰もここが
特別な場所とは思わないでしょう。

看板.jpg


原発の警戒区域で避難生活をされているご家族
津波や地震で家を失ったご家族
そんな中で在宅医療が必要で、避難所生活や仮設住宅での
生活が難しい方が、一緒に寄り合って暮らす場所です。

自分の本当の家ではないけれど、
いつでも行って泊まれるセカンドハウスとして、
心と身体のよりどころとして
作られました。

これまで在宅で療養していたのに、在宅療養ができず入院している
治る見込みのない末期の病人をできれば自宅で看取りたい
そんな方を介護する人と一緒に
ここで受け入れるためです。

全国からボランティアの看護師さんが来て、そんなご家族を
しっかりと支えるのです。
もちろん中心となるのは地元の在宅看護の皆さんです。

私はもちろん初めて訪問しましたが、自分の家や実家に帰ったような
ほっとして寛げる雰囲気がありました。
普通の家だからです。

隅々まできれいにお掃除されて、玄関には季節の野花が飾られています。
茶の間には掘りごたつがつくってありました。
こらんしょ居間.jpg


台所は広くて明るく、お風呂もゆったりした湯船で
きっと手足を伸ばしてゆっくりお湯に浸かってもらおうという
心遣いなんだろうなと感じました。

こらんしょキッチン.jpg

こらんしょ浴室.jpg


私たちは「こらんしょ」にただ泊まりに行ったわけではありません。
村松さんからしっかりA41ページ分の文書による指示を受けて
備品の移動、12日からのご入居に向けての最終の整備を
しなくてはなりません。

指令書をリーダーの細井さんが読み上げ、さっそく行動開始。
備品の移動を終え、お茶を入れる堤さん。
指令書には、頂きものの梨を食べることもあったので
それもクリア。

ふかふかのお布団を掘りごたつを囲むように敷いて
あっという間に、眠りについたおかげで
翌日の起床時間6時には自然に目が覚め、5人で分担を決めて
仕事を済ませます。

私は朝ご飯担当。冷蔵庫にある食材とたっぷりの果物で
豪華な朝ご飯になりました。

朝ごはん.JPG


おかげで、私は次もお料理当番として「こらんしょ」の
ボランティアスタッフの座を獲得できました。

次なる指令は、生ごみ出しと観音様にお目にかかること。
指令書を片手に、全員でミステリーツアーです。

最初のミッションは簡単に終了。
次は観音様。
スタート地点のコンビニでぐるりとあたりを見回すと
ありました、五重塔!

gojyuunotou.jpg


右手に見ながら、歩いていくと思った以上に立派なお寺が。
五重塔は新しくてピッカピカでしたが
本堂と観音堂は古くて由緒ありそうです。

そこへお寺のご住職さんがお掃除に見えて、私たちのために
お堂を開けてくださいました。
ひとつひとつ説明もしてくださって
最後のミッションである観音様のお顔も拝見できました。

観音像.jpg

「このお顔、代表に似てない?」
「あー、似てる!!」
「そういえば、むかし患者さんのご家族に
 観音様だって言われたことあるわ」
「なーるほど…この包み込むようなまなざしが似てるんだ」

早起きしてしっかりミッション達成したおかげで、
とても気持ちの良い時間を過ごすことができました。

「『こらんしょ』に来られるご家族の散歩にも良いね」

磐梯吾妻.jpg

この日も秋晴れで、遠く磐梯の山々が見えています。
こんな場所で暮らせたら、こんな人たちが支えてくれたら
私なら何も怖くないと思いました。

家族を支える人をしっかりと受け止める家と
包み込む人々がいると実感しました。

私と同じ関西から駆け付けた堤さんの
「代表がなぜ福島を選んだか、わかるような気がする」
その一言は、私の中でコトリと音をたてて
胸の中に落ちました。

『ここさ こらんしょ』は、
いつでも腕を広げて迎えてくれるところです。

私にとっては熟女5人で楽しい合宿生活をした思い出の場所。

DSCF1997.JPG
私と一緒に「こらんしょ」で合宿をした皆さん。

10月12日、住む人を得た家はきっと喜んでいることでしょう。



皆さんの中で「こらんしょ」に興味を持たれた方
こらんしょチラシ.pdf

ボランティアを希望される方
詳細はホームページでご覧ください
http://www.nursejapan.com/


posted by 諾 at 13:06| Comment(0) | 旅日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月13日

市民講座in福島番外編


引き続き 第一回市民講座『本音で語る広場in福島』

今回は番外編で終了後の交流会の様子を…


今回福島市で開催された『市民講座』は
財団法人 在宅医療助成 勇美記念財団の後援によって
福島市民医療生協の皆さんが準備を進めてこられたものです。

今回の責任者だった保(たもつ)さんは、忙しい業務の合間に
第一部のお話をしてくださるご家族との連絡から
在宅看護研究センターLLPの村松代表とのスケジュール調整
当日の運営や遠方のボランティアへの連絡まで
スタッフの皆さんと協力しながらも、大変ご苦労だったと
思います。
ありがとうございました。

市民講座in福島.jpg
司会進行はケアセンターすかわの期待の若手


赤ちゃんを連れて頑張ってくださったスタッフや
小さなお子さんを連れた参加者もおられ
和やかな雰囲気で、まさに『本音で語れる広場』でした。

終了後には、各地から来たボランティアも含めた
スタッフの交流会が『コラッセ福島』の最上階で開かれました。

福島の市街地が見渡せるレストランで
隣では結婚式の二次会が行われていて、夜景もきれいで…
地震の後は東北は明りが消えて真っ暗だったことを思うと
「あれから時間が経ったのだなあ」
と実感しました。

交流会は村松さんの教え子や、一緒にLLPの初期の仲間など
私以外の人はほとんどが久しぶりの再会。
村松先生を囲む『同窓会』みたいでテンション上がりっぱなし!

福島乾杯.jpg
充実感いっぱいのスタッフの笑顔


私も勝手に村松さんを『人生の師』と仰いでいるので
久しぶりにお会いできて、幸せいっぱい!
「村松代表のファンは多いからね〜」
とお仲間に入れていただきました。

介護の話あり、看護の話あり、それぞれの仕事の話から
果ては熟年離婚や離婚率の高さと介護保険の継続の関係の話まで
硬軟取り混ぜて大いに盛り上がりました。

早めに帰られる村松さんに、
今年のフローレンスナイチンゲール賞受賞のお祝いの花束が贈られ
記念撮影は秋の花が咲いたような、最高の笑顔でした。

福島同窓会?.jpg
花盛りの笑顔です


ちなみに私は後からしっかり『村松先生とツーショット』で
記念撮影をして、恋人といるような幸せな笑顔を見せてます。

お師匠様と私.jpg
しっかりハグしてもらった私♡


福島の夜はあっという間に過ぎて、満月に近い丸い月が高く上るころ、
皆さんと別れを惜しみました。

この後は遠方から来た5人の熟女が、セカンドハウス「よりどころ」
『ここさこらんしょ』で宿泊です。

村松さんから「指令書を置いてあるから」との伝言もあり、
多少の緊張と期待に膨らむ合宿です。

では、続きはまた次回に。









posted by 諾 at 10:32| Comment(0) | 旅日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月11日

本音で語る広場in福島(第二部)


前回の続きです。

第2部で、グループワークです。
震災の時はどうしていたかを3人の福島のみなさんに聞きました。

「往診中でドクターと研修生と看護師で、寝たきりの利用者さんを
おいて家族も逃げられず、全員で倒れ掛かる家具を支えながら
利用者さんを守った」

「訪問の途中だったので、エレベーターの止まったマンションの
階段を歩いて登って、安否を確かめた」

「7か月の赤ちゃんを連れて買い物中で、ガラスが割れる中買い物も
できなくなり、離乳食に困って母乳も出なくなった」

「外出中だったので、余震で車が止まっている中自宅への道を
必死で走り続けた」

大津波の映像や、崩れ落ちた建物や道路の映像でしか知らなかった
あの瞬間の人々の様子が語られました。
目の前でその人の言葉で語られる様子には、生活があります。
訪問看護をしている人たちは、家族よりも自分の安全よりも
まず利用者さんの安否を優先されたのです。

「もし、一人で訪問していて一緒に家具の下敷きになったら、
助けることもできないし、ここは自分の身の安全を優先させる
とは考えなかったのですか?」

わざと意地悪な質問をしてみました。
「それでも、守ることを優先します」
ときっぱりとした返事が返ってきました。

自衛隊もすごかったし、米軍も、各国の救助隊もすごかったけど
日常業務の中でこれほどに自分の使命を全うした人が
たくさんいたからこそ、人々はその後を耐えられたのでは
ないでしょうか。

南相馬のご家族も、避難生活の中でも一緒に真剣に看取りを
支える人々がいたからこそ、今の笑顔があるのではないか?

首都圏であの震災後「うつ」になる若い人が増えたそうです。

介護が必要な人を抱える家族は日常でも弱者と考えられます。
なのに、こんなに明るくて強くてしっかりと苦難を乗り越えていく。

それはきっと、介護する家族から必要とされていて、しかも
独りではなく多くの人たちとともに家族を支えることができるから。

人はつながることで強くなるのだと実感しました。
無意味に天を呪うよりも前向きに感謝の心で生きる道を選べる。

利用者さんを守り続けた人たちも、守るべき人がいたから恐怖を
乗り越えられる。支える人からの感謝が次の仕事へのエネルギー。
そして、家族はそういう人々の温かい心に支えられている。

それが、グループワークの終了後に出た回答でした。

グループワークの発表で、私はその感想を述べましたが、
ほかのグループも人の絆、つながりの大切さを実感されたようです。

最後に在宅看護研究センターLLP代表で
今年フローレンスナイチンゲール賞を受賞された
村松静子(むらまつせいこ)さんが、まとめのお話をされました。

村松先生2.jpg
まとめのお話をされる村松先生


「先ほど『今日は喋りすぎるなと言われたのに、聞いてくれると
思うとすっかり話しすぎました』とご家族が言われましたが…
それこそがこの会の目的なんです。
聞いてくれる人がいるからこそ本音で語れる。
すばらしい、ぜひ次回も開催してください」

「ご主人の最後の言葉が聞き取れなくて心残りだと仰ってたけれど、
心配しなくていいです。
『ありがとう、頼むよ』このどちらかです。
看護生活45年の私が言うんだから間違いありません。」

「『自分の時も自宅で』そういう気持ちにするほど、在宅医療や
ケアを尽くした皆さんがいたから。
介護は長さではなく、場所でもない。
10日間の在宅での看取りであってもご主人は満足されたでしょう。
避難中で自宅で看取れなくても、病院で家族全員が見守ったこと
それこそが本当に大切なことなんですよ」

村松先生.jpg
静かに語りかける村松先生


一言一言に、ご家族や関わったスタッフの方へのねぎらいの気持ちが
溢れていて、村松さんの言葉はいつでも優しさに満ちています。

福島にセカンドハウス「ここさこらんしょ」を作られたこと
出会いがあって、12日から入居される方のこと
たくさんのご家族の愛情や、支える人の思いやりが
形になることへの喜びが静かに語られ、私まで嬉しくなりました。

あっという間の3時間半。
最後に保さんが閉会の挨拶をされましたが
きっと準備から開催まで、いろんなご苦労があったのでしょう。
時折、言葉が途切れそうになりながら無事に終わったことへの
感謝の言葉がありました。

挨拶.jpg
今回の責任者の保さん。ご苦労様でした


私はとにかく「来て良かった!」
「厚かましくないかしら?」「お邪魔じゃないかしら?」と
くよくよぎりぎりまで迷っていたのですが…
「来て良かった。
福島の人と話せて良かった。
話を聞けて良かった」

と、胸がいっぱいで幸せでした。

地震なんて関係なく、その後も普通の生活をしていた罪悪感から
引け目を感じていたのですが

心配なかった!

福島は元気だし、明るいし、強くて、優しい。

次回はこの続き、福島の美しい名所を旅したことを書きます。

市民講座2回目も行くぞー!

posted by 諾 at 15:40| Comment(0) | 旅日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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